駅に着いてからの兄さんは、いつになく無口だった。

もう何度も歩いた、司令部への道。

来る度に変わる、季節。

その中のささやかな変化を話しながら歩く道。





あのお店の看板、色変えたんだね。

見て、並木に花が咲いてるよ。





そんな会話をする度に、時間の流れを感じ、

そしていつも思う。

何度、ここへ来ただろう。

これから何度、ここへ来るのだろう。

それは決して悲しいわけではなく、かといって嬉しいわけでもない。

きっと、とても複雑な、それ。





今日はそんな会話をすることもなく、ただ黙々と歩く。

兄さんの眼は確かに前を見ているけど、

いつ何かにぶつかるんじゃないかと心配だ。

何もないのに、まるで追われているような足取り。

それは内からくる焦燥感。





まったく。





兄さんの幸せを一番に願っている。

でも、これはあんまりだよ、と思ってしまう。

ずっと二人でやってきたのに。

これからも、ずっと二人でやっていくと信じていたのに。

きっとあの人は、僕から根こそぎ兄さんを取っていってしまうんだろう。

それとも兄さんは、変わらない眼差しでいつものように手を引いてくれるのだろうか。



焦燥感。

それはたぶん、僕も同じこと。







風が後ろから僕たちを追い抜いていく。

まるで、競走だとでもいわんばかりに。

まるで、はやく歩けといわんばかりに。

風までもが、あの人の味方なのかと思うと、なんだか癪だ。

風までもが、僕から兄さんを離れさせたいんだね。





あんまりじゃないか。





でも、僕ももう子どもじゃない。

わかってるよ。

束縛するべきじゃないって。

でも、でも。

あの人に奪われるのは嫌。





だから、僕から手を離そう。

僕から手を離して、僕は兄さんの後ろにいよう。

いつでも兄さんが帰ってこられるように。

僕は待っていよう。

だから、もう手を離そう。





嫌だと思いながらも、そうすべきだとも思う、相反する感情。

でも、もう時間がない。

だってもう、目の前には見慣れた門。

あの中に、いつもの場所に、あの人はいる。





門の前で一瞬歩みを止めた兄さん。

いつもより、表情が硬い。





ああ、もう、まったく。





僕はなかなか大変な役回りだと思う。

それでも、振り回されても、この役に留まっている。

そう、それがきっと答え。





行こう?





僕は静かに言った。







 



2011.01.25




*Roy+Edward




© 2011 Nami NAKASE