知っている。

ちゃんと知っているんだ。

兄さんから説明なんかされていないけれど、わかっている。



兄さんが大佐を、どう思っているか。

大佐が兄さんを、どう思っているか。



それがわからないほど、僕は子どもじゃない。







あれから急いで荷造りをした。

汽車のチケットも、取れるので一番早いのを取った。

兄さんは何も言わないけれど、早く行きたくてたまらないんだと思う。

何かがいつもと違うから。

ほら、今も黙って外を見ている。







車窓から見える景色は、飛ぶように変わる街並みから、

まるで動いていないように見える草原へと変わっていった。

遠くへ見える山も、瑞々しい色をした草花も、少し西へ傾いた日の光も綺麗だ。

でもきっと、今僕がそんなことを言っても、兄さんは何も言わないと思う。

その瞳には確実に、この景色が映っているはずなのに、たぶんそれを認識していないと思う。







最初は嫌だった。

あの人に囚われた兄さんを見るのが嫌だった。

なんだか、奪われたみたいで。



でも、兄さんが幸せそうだから、それでもいいかなって思い始めている。

あの人に会うと兄さん、いつと違う笑い方するもんね。

手紙が来ると、悪態付きながらも緩んだ頬を隠せないもんね。

あの人の家に行って帰ってきた後、随分遠くを見ているもんね。



今もきっと、そこを見ているんでしょ?

執務室に座る、あの背中?

それとも、僕の知らない、兄さんが知っている姿?







僕の思考が積み重なった空気を換えたくて窓を開けた。

少しの隙間に割り込むように、空気が走り抜けて風になった。

それは、その髪を少し乱暴にかきあげているのに、表情一つ変えないんだね。



やっぱり。

なんだか少し、壊したくなった。

その、呪縛。







「ねぇ。」



横顔に声を投げつけてみる。

でも予想通り、反応はなかった。

仕方がないから、兄さんの眼の前の窓を軽く叩く。

視界に侵入した僕の手とその音で、やっと弾かれたように僕を見た兄さん。



「なんだよ。」



「ねぇ。今回の手紙どんな内容だったの?」



ああ、と呟くと少し眉間に皺をよせたのが見えた。

あまり良くない内容なのかな。

やっぱり聞いちゃいけなかったのかな。



「ごめん、無理に聞きたいわけじゃないから。」



「いや、そういうわけじゃなくて。」



「何かあったの?」



「いや、ただ一言。」







君に渡したいものがある。







 



2010.09.18




*Roy+Edward




© 2010 Nami NAKASE