好きという言葉よりも























「ねぇ、好きって何?」









少年は尋ねた。

男がある程度明確な答えを示してくれることを期待しながら。

しかし、男は言った。









「さぁ、何だろう。」









期待はずれの言葉に、

少年は天井を見ていた視線を隣に横たわる男に向けた。

男は変わらずに、天井を眺めている。

その表情はどこかの深い湖のようで、

少年は男がからかって答えた訳ではないことを知った。









「見えないものってのは厄介だな。」









少年は小さな溜息をつくと、

再び視線を天井へ向けた。

サイドテーブルに置かれた小さな蝋燭の光が、

天井にゆらゆらと踊っていた。









「どこもかしかも見えないものばかりだよ。」









「だから名前をつけて、少しでも具現化したかったのかな?」









「たぶん。」









ゆらゆらと炎は酸素を吸い、

二人は無言のまま具現化された世界を彷徨った。

浮かんでは消える見えないそれらは、

少年の頭に名前を残しては消えていった。



















「なんで見えないものを一般化することができるんだ?」









ふいに浮かんだ疑問はそのまま声になって宙に投げ出された。

男は具現の空からベッドの上へ戻ってくると、

少年の方を初めて向いた。









「あんたの思う好きと、俺の思う好きを見比べることなんてできないじゃないか。」









「そうだね。」









「同じものかもわからないのに、なんで同じ好きって言葉を使うしかないんだ?」









少年の素朴な疑問は、天井にぶつかって炎と踊った。

男は何も言わずに少年の身体を抱き寄せると、

そのまま溶け込んでしまえることができるとでもいうように、

少年の上に覆いかぶさった。



苦しい、という小さな反論を口で塞いで、

男は少年の左の耳元で言う。



















見えないものを見せ合うことなんてできやしない。

今まで数えきれない人間が使ってきた、

一般化された言葉なんかじゃ、ちゃんと表すこともできない。

それでも、それしかないから、その言葉を使うんだ。

好きなんていう、不完全な言葉でね。

でも、もっと正確に伝えたいから、

お互いが持っているものが、同じだって感じたいから、

こうして確かめ合うんじゃないのかな?

















少年が一つ頷くと、

天井はゆっくりとうねり、

蝋燭は静かに幕を下ろした。














2012.01.10




 



 







*この気持ち、伝えたい。好きという言葉よりも、ずっと強く。










© 2012 Nami NAKASE