「最近、エルリック兄弟の近辺を調査している者がいます。」







私はサインを貰う書類を机の上に置き、

サインし終わった書類を手に取りながらそう言った。

彼の視線は相変わらず書類の文字を追っていた。



つまり、続けろという意味だ。







「しかし、賢者の石や禁忌に関する方面ではなく、

 家族構成などについて調査している模様です。」







彼の右手に握られた万年筆は、

書類の上に青く綺麗な孤を描いて、

一つのサインとなった。







「それで、それは一体誰がやらせてるんだ?」







彼はサインをした書類を右にどけると、

彼の左側にたった今置いたばかりの書類の一番上をとって、

事務的に、書かれている文字を読み始めた。







「ハウゼン少将です。」







彼は一言、ああ、と溜息のような、

納得したかのような声をあげた。

それでいて文字を追う動作に揺らぎはない。







「君はこれから彼がどう動くと思う?」







書類に再び青いサインが記され、

それを右へ送る同じ動作を繰り返した後、

彼は両手を机の上に組んでそう言った。







自分の娘と大佐を結婚させ、

大佐を操ろうとした目論見は失敗しました。

かといってこのまま引き下がってはいずれ自分の地位が危ういと考えたハウゼンは、

どうにかして大佐を意のままに動かしたいと思うはずです。

狙っているのは大佐の戦力と影響力です。

よって、なるべく無傷で手に入れたいあちら側としては、

スキャンダルは遠慮したいところでしょう。

そこでエドワード君が出てきたということは、

大佐とエドワード君の関係を知っているということであろうと予測されます。

つまりエドワード君を人質に取るなどして、大佐に選択肢をあたえないつもりでは?







私は今現在取得している情報を比較、関連付けて、

そう予想をつけた。

しかし、彼は完全に納得はしなかった。







「それではなぜ、彼の近辺の情報を漁っているんだろうか?」







その疑問はもっともだった。

自分で先ほど報告したことなのに、見落としていたのが情けない。

もう一度最初から考え直しか、

そう思った時、彼は静かに口を開いた。







「ハウゼンが欲しいものはなんだ?」







それはまるで自分自身に問いただしているみたいだった。

言葉の続きを待とうかと思ったがその気配がうかがえないので、

私は先ほど言ったのと同じようなことを言った。







「大佐の戦力と影響力を自分の支配下に置きたい、ということだと思います。」







彼は短く、ああ、と呟いた後、

そういうことか、と視線を自分の真下に移して一言言った。

彼の仮説の披露を急かしたかったが、

ここは待った方が良い、と頭のどこかの声に従った。















ハウゼンは戦力と影響力が欲しい。

そうして自分の地位を確立したいんだ。

だから、私の存在が目障りになる。

だからといって私を消すとなるとリスクが大きいし、

かといって放っておくわけにもいかない。

そこで私を取り込む方向で来た。

さて、私の戦力と影響力を落とすことなく円満に私を取り込むには、

周囲に情報がほぼ漏れることなく、

日常的な作業としてそれが完了するのが望ましい。

そこで、人質だ。

その人質候補は誰か?

君の予想は当たっている。

さて、その人質を盾に私を脅して取り込んだとして、

その後その人質はどうするのだろうか。

監禁なんてするわけがない。

彼もれっきとした軍人で錬金術師である、戦力だ。

なおかつ実力と言動で影響力も申し分ない。

そんな彼を取り込まない馬鹿はいない。

まず、人質を取って彼を脅し、彼を支配化に置く。

たぶん自分が後見人にでもなるのだろう。

きっと彼と親しい故郷の人間が人質になるから、

監禁しても戦力に影響はない。

そんな彼を人質にして、私を脅す。

自由に動かせる駒が増え、なおかつ戦力も影響力も増える。







「さて、どう思う?」







彼は最後にこう言った。

自分の仮説に自信があるのにも関わらず、

彼はそう尋ねた。







「どう動きましょうか?」







同意の返事など必要ないだろうから、

今後の動き方について尋ねた。

実際に近辺調査までしているくらいだ、

向こうが行動を起こすまで時間はあまりないだろう。

彼は何も言わず、椅子ごと身体を180度回転させると、

窓から見える、少し傾いた太陽を見て考え始めた。

これが長くかかる時は、事前に退出を命ぜられる。

それがない、ということは答えはまもなく出るということだ。

立ったまま暫く待っていると、

彼は身体を太陽へ向けたまま静かに、

かつ明瞭に今後の詳細を言った。







まず、鋼の錬金術師をこの件から切り離す。

彼との関係は解消されたということを奴らにアピールし、

なおかつ彼の後見人としての役割を誰かに譲りたいと噂を流せば、

彼に人質としての価値はなくなり、

また彼を取り込めるチャンスが転がってくるのだから、

迂闊に手は出さないはずだ。

彼らの安全は保障される。

あとはハウゼンを油断させ、奴を揺する何かを探せばいいだけのこと。

一度断った例のお見合いを、こちらから申し出よう。

それで奴はこちらの動向をうかがって暫くは動かないはずだ。

その後も私が動く素振りを見せなければ、奴も油断する。

焦らずゆっくり、かつ確実に奴を崩す証拠を探す。

これだけわかりやすく動くほどの小心者だ、

自分の地位の確立の為に汚いことの一つや二つしているはずだ。







「エドワード君には、何も言わないのですか?」







話を聞いていて、不安に思う部分は特になかった。

こちらの安全を確保すれば、

あとはこちらの動きが悟られないように静かに動けばいいだけのこと。

ただ一つ、エドワード君の件に関しては、不安が残った。

何も言わずに別れを告げられたら、彼はどう思うのだろう。







「彼は嘘が得意ではないからね。」







彼は小さく笑った。

その表情には小さな頬笑みがあるのか、

それとも諦めか、

その声からは想像できなかった。







確かに彼は嘘が得意ではない。

素直な性格からか、

その豊かな表情に全て表れてしまう。

その一つの嘘で彼らに身の危険が迫るのは、望ましい状況ではない。

そもそも、彼がこの話を聞いておとなしくしているとは思えない。

自分と自分の大切な人が絡むならば、彼は必死に守ろうとするだろう。

自分の身よりも、周りを優先する彼のことだ、

万が一の状況には自分の身を犠牲にだってするだろう。

そんな彼と彼の周りの人間の安全を保障するには、

こうするのが最良だというのには納得する。

しかし、それでも気が引けてしまうのは、仕方のないことなのだろうか。







「今日から鋼の錬金術師の警護を頼む。けれど決して誰にも悟られないように。」







彼はそう言うと書類もそのままに立ち上がり、

荷物をまとめ始めた。

胸の奥にしこりが残ったが、

コートを羽織るその背中に何も言えなかった。









「行動開始だ。」







ドアの向こうに黒髪が消えた。













 




*二周年祭




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