あれから数カ月。

何事もなかったかのように、過ごせるようになってきたのに。

この義務からは、逃れられない。



ああ、なんで。

なんであんたがまだ俺の上官なんだ。



やるせなくて、怒りにも似た感情をどうすることもできなくて、

逃げることもできなくて、

俺はまたいつものように列車に揺られている。







窓から見る景色も、見慣れたものになってきて、

今すぐ引き返したくなってきた。



報告義務、そんなものなくなればいいのに。



どんどんと近くなる街並みに、そう呟いた。







「仕方ないよ。」







声の主は残念そうに言った。

仕方ない。

その通りなのだけれど。

大きく吸って短くとめた息は、

吐くと同時に窓にあたって白く砕けた。







見慣れた街並みというのは、

本来気持ちを和やかにしてくれるものだと思う。

それがここまで憂鬱になるのは、

かなり稀な状況だと思う。

報告書を片手に軍部へと歩くこの道も、

いつもなら明るく見えるのに、

今日は随分と暗い。

通りを歩く、楽しげな空気が、

俺を拒絶しているみたいだ。



いや、たぶん、

俺が拒絶しているんだろう。







「あ。」







頭の上から声がひとつ、降ってきた。

アルの方を見上げてから、

その視線の先に目を向けた。







あ。







そう声にしたはずなのに、それは声にならなかった。

見慣れた黒髪と、その隣を歩く美しいブロンド。

通りの反対をこちらへ向かって歩いてきた二人は、

角を曲がってこちらから離れて行った。

楽しそうに笑う顔。

その隣で同じように笑う人。







「兄さん。」















ある少将の娘とのお見合い話があった。

表面上、悪い話じゃなさそうだった。

けれど実際は、その少将の手駒にされるのオチで、

その代償がこの美しいブロンドだとしても、

とても受けられる話じゃない。

上を目指すのに、手駒になっている暇はない。







そう笑った人の隣を歩く、その肩に流れるブロンドの髪。

そうあることが自然だというように、組まれる腕。







ああ、あの写真の人だ。







遠くからでもわかった。

そういうことか。

そういう、ことなんだ。







今左を向けば、角を曲がった二人の後ろ姿が見えるだろう。

でもそんなもの見て、どうする。







「行こう。」







ここに来た理由は、

あの人に会いに来たわけじゃない。



















 




*二周年祭




© 2012 Nami NAKASE