あの日、兄さんが一人宿に戻ってきた日。
何も言わず、ずっとベッドの上で丸まって、
朝日が昇るまで何か考えていた、あの日。
あの日の朝日が昇った時から、兄さんは変わった。
変わった原因は、聞かなくてもわかってる。
あの日の朝、急いで中央を抜け出して、
あれから中央へ行くことを意識的に避けてる。
頻繁に届いてた手紙も途絶えて、
電話さえも一度もかかって来ない。
街を移動するたびにしてた連絡もしなくなったし、
これだけ目に見えてわかれば、理由は一つしかない。
でも、それでも納得いかなかった。
そんな兆しは全くなかったのだから。
それほど深く干渉しなくても、
僕の入る隙間がないことくらい、すぐにわかった。
なのに、なぜ。
最近僕はそんなことばかり考えている。
そんな僕とは反対に、兄さんはせわしなく動いている。
これまで以上に、身体を取り戻すことに力を注いでいる。
ある意味、病的だ。
今までだって十分に身体を壊しそうなくらい動いていたのに、
今はそれ以上だ。
今も図書館の文献を片っ端から読み漁っている。
何かに熱中して、意識を向けないようにしているのか。
それにしても、これでは身体が持たない。
「兄さん、休もう。」
僕は今日何度目かになる提案をした。
朝ここに入った時、窓から入り込む日の光は白かった。
今僕が読む本に反射する日の光は、オレンジだ。
これだけの間休憩なしは、人間の集中力的に無理がある。
稼働時間が異常なら、入ってくる情報にも異常が出るはずだ。
そう言っているのに、返事は同じ。
「まだ大丈夫。」
せめて、食事ぐらいまともにとってほしいのだけれども。
ここのところの食事の量は、異常だ。
異常に少ない。
一応、育ち盛りなのだからこれではもたない。
持たないはずなのに、現在進行形でフル稼働中だ。
実際、痩せてきていると思う。
毎日見ているから、それほどの違いというものをリアルに感じられないが、
絶対少なからず痩せているはずだ。
ああ、もう段々いらいらしてきた。
「帰ろう、兄さん。」
僕は最後の提案をする。
兄さんはもちろん返事をする。
「まだ大丈夫。」
そんなことは分かっていたので、
自分が読んでいた本をまず片づけ、
次に兄さんが読んでいた本を無理やり片づけた。
「お前、何やってんだよ。」
兄さんはもちろん怒るけれど、
もうそんなことはどうでもいい。
椅子から無理やり立たせて、
横に抱えて連れ出した。
暴れて拒絶する兄さんの大声に、
図書館に残っていた人々の顰蹙をかった気がしたが、気にしない。
今重要なのは、休憩と栄養。
その他は今、どうでもいい。
薄暗くなってきた通りを宿へと歩いて行くうちに、
兄さんは疲れたのか暴れるのを諦めた。
大人しく抱きかかえられている兄さんは、
どこか小さく見えた。
「兄さん。」
「なんだよ。」
返事は思った通り不機嫌で、
でもどこか弱弱しくて、悲しくなった。
小さい時も、
母さんが死んでしまった時も、
修行の時も、
母さんを生き返らせようとした時も、
その後もずっと、
ずっと二人でやってきたのに。
ねぇ、いつから話してくれなくなった?
そんなこと、言えるわけなくて。
「今日のご飯はなにかなぁ。」
悲しい夜は、ベッドで泣き疲れて眠れたらいいのに。
叶わない願いは、ただ多すぎて。
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*二周年祭
© 2012 Nami NAKASE