小鳥の帰る場所













「鍵を、返してくれないか?」



突然宙に浮かんだ言葉は、まるで氷の刃だった。







どの鍵のことを言っているのか、

そんなことわかりきったことなのに、



なんの鍵?



なんて聞こうとする自分がいる。



彼の持ち物だった鍵なんて、

というかそもそも鍵自体、それ一つしかもっていないのに。



ここがせめて執務室なら、軍属の身を演じられたのに、

なんでわざわざここで、その鍵を使って入ってきたここで、

そんなことを言うんだろう。

玄関先、まだ靴も脱いでいないそんな場所で、

まっすぐ顔なんか見られるわけがない。





なんで。





喉元まで出かけた言葉は、空気に触れることはなかった。

聞いたからってどうにもならない。



いつか、終わるんじゃないか。

こんな幸せな日々、終わるんじゃないか。

母さんが突然いなくなったように。

この人も突然いなくなるんじゃないか。



どんなに幸せでも、そんな不安はいつも隣にいた。

それが、現実になっただけのこと。

今、目の前にあるってだけのこと。

たったそれだけのことなのに、

世界が一瞬で白くなった気がした。







いつもあたたかい瞳は今、どんな色をしているんだろう。

吸いこまれるような黒は今、どんな風に俺を拒んでいるんだろう。

そんなの、見ることなんてできなくて。

ただ少し離れたその足元を見つめて、

左手で持っているその小さな鍵を小さく握った。







これで、最後。







そんなはずじゃなかったのにな。

そう思いながら、鍵を脇の棚の上に置いた。

動かない足元を見ながら、



ああ、行かなくちゃ。



ただそれだけを思った。







入ってきたドアをもう一度あけると、

夜風がそっと通り抜けて行った。

何か言わなくちゃ、と思うのに、

何を今更、と思う自分がいる。







輝いていたものが、

一瞬で白くなった。

それが悲しくて、自分で色をつけたけれど、

いつのまにか真っ黒になった。

その黒が好きになったのに、

また一瞬でまっ白にされた。







悪いのは、何?







元通りに戻った、それだけのこと。

この煉瓦造りの通りもなんら変わらない。

来た道を戻る、それだけのこと。

















*二周年祭




© 2012 Nami NAKASE