「俺より先に死んだら許さない。」
今日はいい天気だね。
まるでそんな話をしているかのように、
少年は穏やかに言った。
ああ、そうだね。
男もそれに相槌を打つかのように言う。
「それは私も同じだね。」
二人はそのまま何も言わずに、
木々の影から日が差し込む路地を歩き続けた。
その沈黙は重くもなく、軽くもなく、
ただそこに流れていた。
「なぁ、もし。」
ふと少年が言った。
「うん。」
男は前を見続けながら、
そう続きを促した。
「もし、片方が犠牲になればもう片方が助かる状況になったら、どうする?」
「二人助かる可能性はゼロの時?」
そう。
少年は答えた。
答えを受けて男は考えるふりをした。
答えは見つけようとしなくても、目の前に常にあるのに。
その片方が誰で、もう片方が誰であるかなんて、
それもわかりきったことなのに。
「片方を助けるんだろうな。」
暫くの沈黙の後、男は少し口元に笑みを浮かべて答えた。
自分の言った言葉に、少し呆れているみたいだった。
少年は、ああ、と一言漏らすと、
一呼吸置いてから静かに言った。
「きっと俺もそうするんだろうなぁ。」
少年もまた少し呆れたように、
左手で頭をかいた。
この人がいなければ、生きていけない。
この人がいなければ、生きていても意味がない。
そう思う気持ちは、リアルだ。
自分にとっては、どうしようもない現実だ。
「じゃあさ。」
少年は少し躊躇ってから、男に言った。
男は首を傾げて少年を見た。
今日の彼は、どこか覇気がない。
いつもの彼らしくない。
そう思いながらも男は続きを待った。
「その時に、一緒にいこうって言ったらどうする?」
その時に、一緒にいこうって言われたらどうする?
その時に、一緒にいこうって言ったらどうする?
前者は受動で後者は能動。
つまり、後者の主語は、彼自身。
片方が犠牲になれば、片方が助かる、その時に、
彼が一緒にいこうと言ったら?
「一緒にいくよ。」
男は迷わずにそう言った。
少年もまた迷わずに、
俺も一緒にいくだろうな。
そう答えた。
そんなこと、あり得ないのだろうけれど。
それをわかっていて、二人はそう答えた。
この人がいないと、生きていけない。
この人がいないと、生きていても意味がない。
そう思っている自分はリアルだ。
そうだとしても、自分一人で済めばそれにこしたことはない。
自分がいなくても、きっと幸せになれるよ。
残された者の気持ちをわかっていても、
死という絶対的な無よりも、
数パーセントの希望にかけてみたくなる。
傍にいたい。
その気持ちよりも、
幸せに生きて。
この気持ちの方が、結局は上回ってしまう。
だからあり得ないのだ。
一緒に死んでいくことなど。
そんな状況になってしまえば、する行動はただ一つ。
こんな会話など、ただのお遊びに過ぎないのだ。
二人ともそれをわかっている。
わかっていて答えているのだ。
そんな日が、
愛する人が自分の為に死んでいくなど、
自分を呪い殺したくなるようなそんな日が、
愛する人が命を捨てて守ってくれた命を、
自ら捨てることなどできず、ただただ生きていくしかなくなるそんな日が、
決して訪れないことを願いながら。
煉瓦造りの路地を、二つの足音が並んでいる。
優しい春の風が、穏やかな午後を通り過ぎて行った。
2012.01.04
← →
*この気持ち、伝えたい。好きという言葉よりも、ずっと強く。
© 2012 Nami NAKASE