煙草
朝起きると、口に残る何かの味。
昨日確かに歯は磨いたはずなのに、なぜだろう。
そう思い始めたのが確か、二週間くらい前。
本当に本当に微かな、それ。
正体がなんだかはわからないし、
なぜなのかもわからない。
少し薄気味悪いけど、ただの気の所為ってこともある。
あまり深く考えると抜け出せなくなりそうだから、
あまり気にしていないことにした。
ただ、歯を念入りに磨くようにはなったけど。
その正体がわかったのは、それからすぐだった。
「煙草、やだ。」
部屋に帰ってきて一服しているザックスに、俺はそう言った。
その一言にザックスは素直に咥えていた煙草を灰皿に押しつぶした。
「何、いきなり。」
立っている俺をソファに座る自分の隣に引き寄せてザックスは聞いた。
今まで何も言わなかったじゃないか。
そう目が言っていた。
「煙い。しかも身体に悪い。」
まぁ、身体に良さそうな味はしないなぁ、と、
ザックスは笑った。
でも、それだけじゃない。
俺がそういうと、ザックスは少し首を傾げて続きを促した。
「煙草の先から出てる煙のが、吸ってる煙よりずっと毒なんだって。」
「つまり、俺の所為でお前が毒吸ってるってこと?」
俺が頷くと、ザックスは眉間に皺を寄せて少し俯いた。
それからすぐに顔をあげて、笑って言った。
「じゃ、外で吸う。」
その返答に俺が盛大に溜息をつくと、
ザックスは何だよ、と怒ったように言った。
怒りたいのはこっちの方だ。
「あんた自分で毒吸って、俺より早く死にたいんだろ?」
「誰もそんなこと言ってない!」
「同じことだよ。自殺行為だ。」
俺を残して死ぬ気満々じゃないか。
俺がそう言うと、ザックスはまた不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
さあ、今度はどう言い返してくるのか。
俺が身構えていると、ザックスはポケットから煙草の箱を取り出した。
「吸うのか?」
俺がそう言うと同時にザックスは手の中にある箱を握りつぶした。
ぐしゃっと短い音を立てて、箱はあっさりと無残な姿になった。
「煙草、やめる。」
握りつぶされた煙草の箱は、綺麗な弧を描いてゴミ箱へ吸い込まれていった。
「それに、俺は絶対お前より先に死んだりしない。」
お前も絶対俺より早く死なない。俺が守るし?
不敵に笑うザックスは、いつものザックスだった。
優しさと強さが溢れている瞳だった。
「自分の身ぐらい自分で守れるよ。」
怒ったふりをして言い返したら、
ザックスは楽しそうに笑った。
「俺様が守ってやるって言ってるんだからありがたく思え!」
頭をがしがしと撫でられて、俺はとりあえず抵抗してみた。
どうせ、勝てっこないんだけど。
そのまま覆いかぶさってきたザックスを押し返せないまま、
俺はソファの上に押し倒された。
「ね、煙草やめると口が寂しくなるんだ。」
すぐ目の前にあるザックスの顔が楽しそうに言った。
要求してくることはもうわかっている。
でも、誰が素直に従ってやるものか。
「ふーん、大変だね。」
わざと気のない返事をしてみる。
この押し倒された状態でそんな無駄な抵抗は、ただ滑稽なだけだ。
それでも、このささやかな駆け引きを楽しみたい。
負けてばかりは、悔しいから。
「クラウドも口、寂しくない?」
くすくすと笑うザックスに、思わずつられて笑いそうになる。
そんな自分を、まだまだ、と自制する。
でも、それも長くは続かない。
「全然寂しくなんっ。」
どうせ、主導権はすぐ奪われちゃうんだから。
初めてのキス。
あれは煙草の味だった。
あの日のキス。
あれが最後の煙草の味だった。
あれから後、
口が寂しいからと増えたキスの度に、
口に残る微かな味は消えていった。
実はあの味、そんなに嫌じゃなかった。
そんなこと、絶対言ってやらないけど。
2012.06.10
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