この気持ち









街で最近よく見かけるある映画の広告を見ると、

少年はいつも顔をしかめる。

それに気付かない訳はないが、

なんとなく聞きづらかった男も、

今日ばかりは尋ねてみようと思った。







「何がそんなに気に食わないんだい?」







少年は答える。



別に。



男が予想したとおりの答えを。

男は苦笑して、所詮映画じゃないか、と呟いた。







「それでも。」







少年はくぐもった声でそう言った。

俯いた顔に金色の髪がかかる。

表情をうまく窺えないが、まだ眉間に皺はよっているみたいだ。







「それでも、いらついてしまう?」







少年が答えたくないと言ったら頑なに答えないということを知っていても、

男はこの話題を逸らそうとはしなかった。



答えてくれないなら、それでもいい。

答えてくれたら、なお良い。



きっとそんな気分なんだろう。







「むかつくんだよ。」







少年は先ほどと同じくぐもった声でそう言った。



何が?



そう再び尋ねることもできたけれど、男は何も言わずにいた。

歩調を変えずに数メートル、

煉瓦造りの路地を歩いた。

話題の中心の映画の広告はもう遥か遠く、

その名残だけでこの空気ができていた。







「命にかえても守ってみせる?馬鹿じゃないのか。」







命にかえても守ってみせる



その映画のキャッチコピーだった。

内容はよく知らないがこれは恋愛映画で、

キャッチコピーからして、恋人が危機にでも陥るのだろう。

男は頭の中でその広告を思い出してみた。







「残された奴の気持ちを知らないから、そんなこと考えられるんだ。」







自分を身代りにして助けてもらったって、残された方は悲しいだけ。



たぶん、そう言いたいんだろう。

そこまで予測して、男は思った。



自分だっていつもそうしてないか?



自分の身を顧みない彼を、いつも男は心配していた。

そう思っていたから、いつのまにか口にしていたみたいだ。







「自分だっていつもそうしてないか?」







その声に少年は男の方を見ると、

一瞬瞳に怒りを映したが、すぐにバツが悪そうに目を伏せた。

図星な指摘に怒っては見たが、自覚はあるようで少し反省しているらしい。

それでも抵抗はしたいのか、小声で反論してきた。







「そういう自分はどうなんだよ。」







男は少し声をたてて笑うと、



人のこと言えないな。



と小さく呟いた。












2012.01.04




 



*この気持ち、伝えたい。好きという言葉よりも、ずっと強く。










© 2012 Nami NAKASE