私の時は、いつも君から始まる。









始まりの時









カーテンの隙間から入る朝日で目覚め、かすかに目を開けてしばらくすると、脳が活性化してくる。

意識がはっきりとしてくるのを感じたら、傍らに感じるぬくもりを優しく抱きしめる。



この瞬間から、私の時が動き出す。





「おはよう。」





「ん。おはよぅ。」





一瞬薄く開いた瞳は、私を見ることなくすぐに閉じられてしまう。

そして、無意識なのかそうでないのか、背中に腕が回される。





「もうちょっと。」





そう呟くとまた、すやすやと寝息を立て始める恋人に苦笑を浮かべ、

回された腕をそっと解き、ベッドから出る。

ぬくもりを求めるようにさっきまで私がいたところに動く、そんな君が愛しい。

こんななんでもないことが永遠に続けばいい、と心の底で思う。

けれど、それは決して口に出してはいけない、そう心に決めた。

叶わない夢を追い続ける事程、儚い事はないのだから。

それをわざわざ、君に確認する必要はないだろう。







キッチンでコーヒーを入れて、ただなんとなく部屋を見渡す。

物がたくさんあるわけでもないが、どこか温かい部屋だと思う。



色が冷たすぎるから、と君が選んだカーテン。

ここで客をもてなす事はないから、と一脚しかなかったけれど、

君の為にもう一脚買った同じデザインの椅子。

座り心地が良いから、と必要もないのに買ったソファ。

お揃いが良い、とこの前買った戸棚に入っているマグカップ。



この部屋は君で一杯だ。

いや、この部屋だけじゃない。



いつも傷だらけだから、いつでも使えるところに置いてある救急箱。

二つ並んだ洗面台のはぶらし。

ふわふわが良いと買い換えた寝室の枕。

この家は君で埋め尽くされている。





そう、だから温かいんだ。





やがて起きてきた恋人は、もう着替えて旅支度を整えていた。

目を擦りながら眠そうな声で悲しいことを言う。





「もう、行く。」





「朝食は?」





「アルが待ってる。」





たまにはいいじゃないか。

そう思ったけれど口には出さず、そうか、とだけ答えた。

でも彼には通じてしまったらしい。



抱えた荷物を乱暴に床に置き、手前の椅子に座る。

一緒に食べてやるんだからさっさとしろ、と言わんばかりの表情に嬉しくなる。

久しぶりだな、一緒にご飯を食べるなんて。





「なんだよ、気色悪ぃ。」





そんなに表情に出したつもりはないのだけれど、頬が緩んでしまったみたいだ。

でも仕方がない、だって君がそんなに照れているから。





「ほっぺ、赤いよ。」





「気のせい。」





きっぱりと即答されたが、絶対それも照れ隠し。

さっきから目を合わせてくれないから。

それがまた可愛いけれど、淋しくもある。





「すぐ準備する。」





まだこっちを向いてくれない恋人に微笑みかけてから、朝食の準備を始める。



嬉しいけれど、淋しい。



食べ終わったら君は、もう隣にはいないんだ。









「じゃあ。」





「気をつけて。」





うん、と頷いて君が歩き始める。

そんな君を見送る朝はいつも、辛い。

走って行って連れ戻したくなる。



でも、しない。



だから、必死に笑顔を作る。

心配はいらない。

気をつけて。

無理しないで。

いつでも帰っておいで。



ずっと、ずっと待ってるよ。





すべての気持ちを込めて微笑む。









君が角を曲がって見えなくなった瞬間、私の時は止まった。

正確に言うと私が止めた。

君と私の間に空白の時間は作りたくない。

わずかな隔たりは、計り知れない心の距離になってしまうから。

距離は作りたくない。

でもずっと一緒にいるなんて不可能だ。

君と私はそういう生き方しかできないから。



次に会う時、今ここで別れたままの私でいたい。





だから、君が隣にいる時だけが、私の時。

始まりは君がいる時。

終わりが君が隣にいないと時。

君で始まり君で終わる。



それが私の過ごす時。







Ohne dich geht meine Zeit gar nicht mehr.





2004
2009
2010.01.02








*Roy+Edward








© 2010 Nami NAKASE