ホワイトクリスマスを願ってしまうほど、オレはもうガキじゃない。

でも、そんな風に思っていても、結局は強がりで、雪にはしゃいでしまう、ガキのオレがいた。









クリスマスと雪と思い出と









25日の朝が来るのが待ち遠しくて、カレンダーにバツ印を付けながら、はしゃいでいたガキの頃。

サンタクロースの正体がわかってからも、みんなで過ごすクリスマスが楽しくて仕方なかったガキの頃。

それに雪が積もるというオプションまで付いた時には、夢が実現したようで、飛び上がって喜んだガキの頃。



『今年もサンタクロース来るよね?』

『こんな大雪じゃサンタクロース困っちゃうよね!』

『今年のプレゼントは何かな?』

『見て!雪が積もってるよ!ホワイトクリスマスだ!!』



懐かしい、それでいて残酷な思い出が頭を過ぎる。

何も知らないガキのままのがよかったのかもしれない、なんていう思いが胸をつかえる。

ただ笑って怒って泣いて、また怒って、好きなだけ遊んで帰ったら母さんがいて。

みんなでクリスマスを過ごして、朝目を覚ましたら、置いてあるプレゼントに目を輝かせて。





ガキのオレたちが思い描いていた、いつまでも続くと思っていた未来予想図。

その中では、オレたちは今日も家でクリスマスイヴを過ごしていた。

でも、それはあくまでも未来予想図で、決して確定されたものではなかった。

そんなこと、当たり前だとわかっていたはずなのに、



オレたちは忘れていたんだ。









今朝早くに、一人汽車に乗った。

空気はピンと張りつめていて、冷たい空気が頬に刺さった。



でも、それがまた心地良かったりもする。

アルはついてくるつもりだったが、一人になりたいと無理矢理納得させて、師匠の家へ残して出てきた。



一人になりたい、

確かにそうなのだが、

そこにいたくない、

がもっと正しい表現だろう。



温かい環境で、笑ってクリスマスを過ごすだなんて、とても耐えられない。

ガキの頃を思い起こさせる光景に胸が締め付けられるのを、

自分が壊してしまったものを肌で感じなければならないのをわかっていて、

そこにいるつもりはさらさらなかった。

アルもきっとそう思っているのだろうけど、

せめてクリスマスくらい、どこか心休まるところにいさせたかった。

それが例え、本人の意思に反していようとも。







どこへ、と聞かれても、どこか、としか言いようがない。

どこかへ行きたいわけではなく、ただあの場所から離れたかっただけだから。

行き先を決めて手にした切符は東行き。



リゼンブールへ行くのは悲しすぎて、辛すぎて。

でも、中央にはあいつがいる。

知らない街へ行くのでも良かった。

でも、何も知らないところはやっぱり淋しすぎて、

少しだけ、安心できる街に手が伸びてしまった。

罪深いオレにも、それくらいは許されるだろう、

なんて自嘲気味に笑いながら。









着いた先は、凍えるような寒さだった。

今朝の心地良い冷たさではない、敵意を持った寒さに、少し身震いがした。

汽車の中が暖かかったのもあって、その寒さは助長されている。

上を見上げれば、今にも泣き出しそうな空が広がっていて、きっと今夜あたり雪になるのだろう。





見慣れた通りに流れるクリスマスソング。

はしゃぎながら横を通り過ぎる子どもたち。

そんな光景を見ながら、昔はオレもあの中の一人だった、なんて思う。

自分で壊してしまったのに、なんだからとても懐かしくて、切なくて、淋しい。

でも、もう何もかもが、

今のオレには関係ない。









どこへ向かおうなどと考えずに、ただ人の流れに任せて歩いていたら、司令部の通りへ来てしまった。

可能性は低いが、もし知人にであってしまったら、

と思いすぐ回れ右してもと来た道を戻ろうとした。



が、それはできなかった。





「すみません。」





振り向いた矢先にぶつかった人に謝りながら、その人の顔を見上げた。

そこには、今一番見たくない顔があった。





「なんでこんなところにいるんだい?」





黒い髪ときれいなコントラストになっていた白い肌は寒さのせいか、いつもよりさらに白く見える。

なんて、目の前に突然現れた人物を思わず冷静に観察してしまった。

そんなことを考えていて返事をしなかったオレを不審に思ったのか、少し首をかしげて返事を促す姿は、

軍でそれなりの地位にいる人には相応しくない仕草に思える。





「別にあんたには関係ない。」





そうか、と困ったように笑うけど、たぶん、いや絶対、オレがそう返すとわかっていただろう。

そういう大人ぶったところに腹が立つ。

そしてそんな子どもっぽい自分にも腹が立つ。

一人葛藤を続けるオレの背後に人を探す仕草に、アルはどうしたのか、と聞きたいのだろうと察する。





「置いてきた。」





オレがそう言うとまた困ったように笑う、そうか、と。

続けて、なぜ、どうして、という質問はされない。

されたくない時には絶対してこない、そういう人だから。

でも、いつも思う。



なんでその時がわかるのだろう。





「あ。」





そう言って上を見上げる動作につられて、オレも上を見た。

灰色のキャンパスに描かれた、白い水玉模様。

泣き出しそうだった空は、とうとうこらえきれずに涙を零したらしい。

その涙はこの寒さで結晶となり、地上へと降ってきた。





「雪だ。」





オレはつい微笑んでしまった。

もともと、雪は好きだから。

けれど、すぐに我に返り表情を戻す。

はしゃいでなんかいられない、この日に降る雪なんかに。





「雪、好きなんだ?」





たった一瞬だったはずだ。

でも、その一瞬を見逃さなかったのか、滅多に見せない優しい微笑みで聞いてきた。

でもそれがまた、なんだか特別な気がして、

だからこそ嬉しくて、

必死にそんな感情を読み取られないように、ぶっきらぼうに答える。





「別に。」





それなりに上手く隠せたと思ったのに、なんでわかってしまうのだろう。

返事がないから、横目で様子を窺ってみると、また一層深い微笑みに目を奪われてしまった。





「私も雪、好きだよ。」





なんだか隠し事がバレてしまったかのようで、恥ずかしくて、ただ頷く事しかできなかった。

それきり会話は途切れて、人で賑わう通りが白く染まっていく様を、二人してただ眺めていた。

周りの音を雪が奪っていってしまうのか、白い静寂はとても心地良い。



でも、その静寂を破った声も、嫌いではない。





「ところで、宿はもうとったのかい?」





とってない、今夜の夜行列車で帰るから、と言うと、そうか、と答えただけだった。

その掌の上に落ちてきた雪が溶けるのをただ眺めている。

再び訪れた静寂の中、その姿を気付かれないように見る。

雪が水に還るのを見届けてから、そっと上を向いて呟いた。





「たぶん、止まないから相当積もるだろうな。今日、汽車はもうでないよ。」





「え?」





帰れない?





ずっとこの土地にいた人間のいうことだから、信じて間違いないだろう。

しかし、困った。

今日、今から宿がとれるわけがない。

なんていったってクリスマス、どこも一杯なはずだ。

かといって、野宿するには厳しすぎる天気だ。

どうしよう。





「宿はとってある。一緒に行こう?」





「は?」





全神経を使って解決策を考えていたから、突然の提案を上手く理解できず、

自分でも情けないと思う声を出してしまった。

そんなオレをまたあの微笑みで見つめながら、ゆっくり繰り返す。





「宿はとってある。一緒に行こう?」





それとも野宿するかい?





と言われて、行く、と即答してしまった。

言った後に後悔して、やっぱりいい、と後ずさろうとするがもう遅い。

逃がすまい、と右腕を掴まれて、しっかりと手を握らせられて歩き始めたから、オレはついて行くしかない。

いつもよりゆっくり歩くから、自然と同じ歩調になる。

ちゃんと隣を歩いているから、もう手を大丈夫なのに、と声に出して言おうかと考える。

あの日からずっとある、この塊。

オレの右腕はなにも感じず、熱も冷気も吸収しやすい鋼鉄でできている。

それを素手で握っている。



冷たくないはずなんか、ない。



意を決して沈黙を破る。





「手、冷たいだろ。ちゃんと一緒に行くから。もう離せよ。」





「別に冷たくなんかないよ。」





前を向いたまま答えるその声は、本当に思ったことを言っているようで、

つい信じてしまいそうになる。

そう簡単に信じるか、といつも言っているのにも関わらず、

この男の言う事は素直に信じてしまう自分を叱咤する。



そんなわけがない。





「じゃあ左手にしよ。」





「でも、右手が冷たくなってしまうよ?」





何を言っているんだ、と思った。

右手が冷たくなってしまうも何も、何も感じないというのに。

なんて、口に出したわけでもないのにオレの表情から読み取ったのか、

それともそんなことお見通しなのか、軽く笑うと、

オレの右手と自分の右手でオレの頬を包んで上を向かせる。





「ほら、温かいだろう?」





オレの右手は、冷たくなかった。



もちろんそれは、オレの体温ではないけれど。



でも両頬を包む温度が嬉しくて、緩んでしまう表情を見られているのが恥ずかしかった。

でも、表情を戻すことなんてできない。





「大事な手なんだろう?」





少し間をおいて頷くと、またしっかりと右手を握ってくれた。

オレも軽く、握り返した。



それで伝わってほしい、ありがとう。





「ホワイトクリスマスだね。」





きっともう怖くない。

だから口に出して言ってみる。

自分が壊してしまったものは、戻らない。

罪を忘れさせてくれない証も、ずっとここにある。



でも、それでも、

たぶん大丈夫。





「そうだね。」





強がったり、淋しいのを堪えたりするのも、もうやめよう。

なんて思えたりするのは、たぶん今のオレを見てくれているから。

過去も今も全部合わせて見てくれているから、大切に思ってくれているから。

こんなオレでもここにいて良いって、そう言われているような気がするんだ。

自惚れかもしれない。

でも、この手を離さないでいてくれる限り、そう思っていたい。

あの日から更新されなかったクリスマスのページに、今日という日が書き足される。

もう、

辛い思い出だけじゃない。







この右腕にぬくもりが戻ったら、真っ先にあなたと手を繋ぎたい。





そして、伝えたい。

ありがとう

それともう一つ。





来年のクリスマスまでにそんな日が来ればいい、と大きな手に指を絡めながら思った。









Ich hab keine Angst mehr, weil du bei mir bist...





2004
2009
2010.01.02









*Roy+Edward








© 2010 Nami NAKASE